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呼吸器疾患診療ガイド

呼吸器疾患診療ガイド

患者さんのための

​呼吸器疾患について

呼吸器疾患は、上気道・気管・気管支・肺・胸膜に起こる疾患の総称です。肺は呼吸することにより、たえず外界の空気を吸い込んでいることから、細菌やウイルスなどの病原体をはじめとして、花粉やハウスダストなどのアレルギー抗原、たばこ煙や各種粉じんなど、環境の影響を直接受けやすい臓器といえます。したがって呼吸器疾患は、気管支炎や肺炎などの感染性疾患、気管支喘息などのアレルギー疾患、慢性閉塞性疾患や肺がんなど喫煙に関連した疾患などに分けられます。

ここでは肺がんを除く主な呼吸器疾患と縦隔腫瘍について解説します。

1.呼吸器感染症

急性上気道炎・急性気管支炎

ウイルス感染よって起こる、いわゆる「かぜ」と呼ばれる上気道及び気管支の炎症で、発熱、咽喉頭痛、咳嗽、喀痰などの症状を呈します。治療は、対症療法といい、発熱や痛みに対しては解熱鎮痛剤、咳を鎮める場合には鎮咳剤、痰を減らすには去痰剤等を用いますが、症状が重く、細菌感染等が疑われる場合には、抗生物質を投与します。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス等の感染を疑う場合には、咽頭ぬぐい液や鼻腔ぬぐい液などの検査が必要で、症状や所見からは区別はつきません。

急性肺炎

発熱、咳嗽、喀痰などの症状 が重く、期間も長い場合には、急性肺炎を疑う必要があります。肺炎の診断には、胸部 X線写真や胸部CT 検査が必要で、 通常、胸部 X 線写真では 浸潤影の所見を呈します。病原菌を特定するには、血液検査や喀痰検査が必要ですが、細菌による肺炎が推定される場合には、病原菌が特定されなくても、いろいろな 菌種に幅広い効果のある抗生物質が投与されます。細菌とは異なる病原体として知られているのがマイコプラズマやクラミジアです。血液検査や咽頭ぬぐい液で診断されますが、咳嗽が激しく、喀痰が少ないなど、細菌性肺炎とは少し異なった臨床所見を呈します。これらの病原体にも抗生物質が有効です。ウイルスによる急性肺炎は、間質性肺炎といって通常の細菌による肺炎よりは、広範囲で症状も重くなります。免疫力の低下している高齢者や合併症を持つ患者さんに感染することが多く、急速に呼吸不全に至る場合もあり、早めの対応が必要です。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなどは、迅速検査キットがあり、迅速な診断が可能です。

急性肺炎の胸部X 線像

急性肺炎の胸部X 線像
右下肺野に浸潤影を認める(矢印)

肺結核

結核菌による肺感染症が肺結核症です。急性肺炎などとは異なり、慢性の経過で発症する伝染性の疾患であり、感染症法2類に指定されているため、排菌(喀痰に結核菌が陽性)が認められる場合には、結核専門病院への隔離が必要です。症状は、咳喀痰、継続する発熱ですが、胸部XPやCTで結核に特徴的な所見を呈し、喀痰検査で結核菌を認めることにより診断されますが、排菌がない時には気管支鏡検査等が必要な場合もあります。治療は、抗結核薬の内服ですが、排菌がない場合には外来で長期間(通常半年間)服用します。

非結核性抗酸菌症

結核菌以外の抗酸菌である非結核性抗酸菌が、肺に感染したもので、通常慢性的な経過をとります。日本においては、マイコバクテリウム・アビウム(東日本、北日本に多い)、マイコバクテリウム・イントラセルラー(西日本、九州に多い)と呼ばれる菌が主な菌腫で両者を合わせて肺MAC症(肺マック症)といいます。結核とは異なり、ヒトからヒトへの感染はなく、結核のような隔離は必要ありません。中年以降の女性に多いとされており、近年患者数が増加しています。症状は、あまり強くありませんが、咳喀痰で、時に血を認めることもあります。胸部X 線所見で、気管支拡張症や散布性結節影を呈することが多く、画像所見と喀痰検査、血液検査で診断されます。症状が軽度で、進行しない場合には、無治療で経過をみることが多く、進行する場合や症状が重い場合に治療をしますが、1年以上の長期治療が必要になります。

肺真菌症

真菌(カビ)による肺の感染症で、アスペルギルス、クリプトコッカス、カンジダなどの真菌が感染して、発熱や喀痰血などの症状を呈します。特に好中球減少症など免疫の低下している場合に感染しやすいとされています。また、肺アスペルギルス症では、のう胞や空洞内に菌球というアスペルギルスの塊を形成することが知られており、アスペルギローマと呼ばれています。肺真菌症の診断は、喀痰検査や血液検査で行われ、治療には抗真菌薬が用いられますが、治療に難渋する場合も多くみられます。

2. 慢性閉塞性肺疾患(COPD)/肺気腫症、慢性気管支炎

慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、長期間の喫煙により気管支や肺胞に炎症や破壊が生じ、呼吸機能が徐々に低下する疾患で、肺気腫や慢性気管支炎とも呼ばれます。咳喀痰、労作時息切れが主な症状で、気がつかないうちに不可逆的に息切れが生じます。肺機能検査では、素早く息を吐き出すときに気管支が細くなるために1秒量が減少し、指標である1秒率が70%以下に低下するため、閉塞性障害と呼ばれます。重症度は、1秒量の減少度合いで決められており、1 秒量>80%を軽症、50~80%を中等症、50%~35%を重症、35%以下を最重症としています。肺年齢は、1秒量を基礎に対応する年齢に換算されます。CT検査では、肺胞が壊れた気腫性病変が、低吸収域(濃度の黒い部分)として認識されます。治療は、喫煙をできるだけ早くやめることが最も重要です。症状がある場合は、吸入剤や内服の去剤などですが、重症になると血液中の酸素濃度が低下するため、在宅酸素療法(HOT)が必要になります。

慢性閉塞性疾患の肺(肺気腫病変)

慢性閉塞性疾患の肺(肺気腫病変)
正常な肺胞組織は消失して、ぼろぼろに
なったスポンジ様の外観を呈している

慢性閉塞性肺疾患のCT 像(肺気腫病変)

慢性閉塞性肺疾患のCT 像(肺気腫病変)
肺気腫病変は、正常な肺胞構造が消失しているため周囲よりも黒い濃度として描出される(白矢印)

3. 間質性肺炎/肺線維症

間質性肺炎は、通常の肺炎が肺の実質(肺胞内腔)に炎症が起こるのに対し、肺の間質(肺胞の壁の部分)に炎症が生ずる疾患であり、様々な原因で起こります。急性の間質性肺炎は、感染や薬剤、放射線などによって生じ、広範囲に広がると血中の酸素濃度は低下し、呼吸不全をきたします。原因に応じた治療を行いますが、呼吸不全に至った場合には、酸素投与や人工呼吸器など呼吸状態の維持とともに副腎皮質ホルモン等が用いられます。

一方、慢性の間質性肺炎は徐々に進行して、線維化を来し、肺活量が減少して、徐々に息切れが進行します。線維化により肺が徐々に固くなっていく状態で、肺線維症の病名も使われます。種々の原因が知られていますが、最も多いのは特発性肺線維症(IPF)という原因不明の疾患で、厚生労働省の特定疾患(難病)に指定されています。発症時期は不明であり、徐々に進行して、労作時の息切れから呼吸不全に至ります。患者さんの多くが喫煙者であり、喫煙が何らかの原因となっていると推定されています。診断は、胸部CT像で両下葉の背側に特徴的な線維化病変を認めます。最近では抗線維化薬が開発され、早期からの投与により、進行が抑えられないかが期待されています。その他の慢性の間質性肺炎の原因としては、リウマチなどの膠原病に合併するものが多く、膠原病の他の症状とともに全身的な治療を行います。

特発性肺線維症のCT像

特発性肺線維症のCT像
肺の外側に微細な粒状影の集合を認め、

この疾患に特徴的な辺縁優位な線維化病変が認められる

4. 気管支息/咳

気管支喘息

気管支息は、気管支(気道)の粘膜にアレルギー性の炎症が起こり、気管支平滑筋が収縮することにより気道が狭窄し、発作性の呼吸困難が生ずる病気です。症状は、気管支息発作と呼ばれる鳴(ヒューヒュー、ゼイゼイ)と伴う呼吸苦ですが、咳喀痰も伴うことがほとんどです。発作時には、気管支拡張剤の吸入や副腎皮質ホルモン(ステロイド)薬の点滴や内服が用いられますが、最も有効な治療は非発作期における治療で、副腎皮質ホルモンを含む吸入薬を毎日継続することにより、発作を防ぐことができます。また、アレルギー抗原を吸入することが原因なので、ハウスダストやダニ、花粉、ペットといった原因物質の検索も重要です。

咳喘息/アトピー咳嗽

急性上気道炎の後に頑固な咳が長期間継続し、アレルギーが原因と考えられる疾患を咳息あるいはアトピー咳と呼んで、感染性の上気道炎や通常の気管支息と区別されています。気管支息とは異なり、鳴(ヒューヒュー、ゼイゼイ)を伴わず、しつこい咳が継続します。アレルギー素因を有する方に多く、喉頭から気管などの比較的太い気道のアレルギーが推定されており、アレルギーの検査である呼気のNO(一酸化窒素)が高いことが、診断の一助となります。通常の鎮咳剤が無効なことが多く、治療には副腎皮質ホルモン(ステロイド)や気管支拡張剤の吸入が有効とされています。

5. じん肺/石綿肺

じん肺は土ぼこりや金属、鉱物の粉塵を長期間にわたり、多量に吸い込むことで発症する呼吸器疾患で、主に鉱山や工事現場、建設業などでの作業に関連することから職業性肺疾患のひとつとして認識されています。じん肺を発症すると、咳喀痰から始まり、進行するに伴い、徐々に労作時の息切れが増強してきます。また、肺がんの発生率が高いことも知られています。特に断熱材や防音材として以前使用されていた石綿(アスベスト)粉じんによるものは、アスベスト関連肺疾患として、甚大な健康被害をもたらすことが問題となっています。アスベスト暴露による特徴的な病変は、胸膜プラーク(胸膜肥厚班)と呼ばれる壁側胸膜の線維性肥厚と石灰化で、これ自体は良性の変化ですが、アスベスト暴露の指標となります。肺自体の線維化を伴うものを、石綿肺と呼び、労作時の息切れや運動能力の低下が認められます。アスベスト暴露による肺がんと悪性胸膜中皮腫の発生が問題となっており、後者の潜伏期間は40年とされ、2020 年代後半が発症のピークと予想されています。

6. 胸膜疾患

胸膜は肺を覆う薄い膜で、肺側の胸膜(臓側胸膜)と胸壁側の胸膜(壁側胸膜)からできており、その間が胸腔となります。この2枚の胸膜は、通常はほとんどすきまなく接していますが、胸膜炎などで液体が貯留する場合が胸水、空気が貯留する場合が気胸となります。

胸膜炎/膿胸

胸膜に炎症が起きる状態で、細菌やウイルス、マイコプラズマ等の病原体が原因となります。胸膜炎の症状は、発熱、咳、激しい胸痛等で、胸部X線で胸水の貯留を認めます。診断には胸腔穿刺を行い、胸水を採取して検査を行います。病原体に応じて抗生剤などの投与を行います。胸水が膿状になったものは膿胸と呼ばれ、胸腔に管を挿入する胸腔ドレナージが必要になります。また、慢性化の可能性のあるものは、外科的な手術が必要な場合もあります。

気胸

気胸は何らかの原因で、肺から空気が漏れることで、胸腔に空気が貯留します。「自然気胸」は、肺尖部の小さな嚢胞(ブラ、ブレブ)が破れることが原因で、通常、やせ型の若い男性に多くみられます。交通事故や刺し傷など外的要因により肺が損傷されて起きるものは「外傷性気胸」に分類されます。気胸の症状は、急激に起こった胸痛や呼吸苦、咳嗽等ですが、もれた空気で肺や心血管を圧迫する状態は緊張性気胸といい、早急な胸腔ドレナージが必要となります。気胸の診断は、胸部X線写真で比較的容易にできますが、気胸の原因を確認するには、胸部CT 検査を行うことが必要です。治療は、胸腔ドレナージのみで行う場合と外科的な手術が必要な場合があります。

悪性胸膜中皮腫

悪性胸膜中皮腫は、胸膜の表面を覆う中皮細胞ががん化したもので、患者さんの8割にアスベスト(石綿)の暴露歴を認めます。日本では、アスベストは2004年まで断熱材として使用されていたため、その期間に建設業や電気配線業などに従事していた方は、暴露されている可能性があります。悪性胸膜中皮腫の発症には、数十年の潜伏期間を要するため、2030年まで、悪性胸膜中皮腫の患者数は増えてくると予測されています。悪性胸膜中皮腫の症状は、胸の痛み、咳、胸水貯留による呼吸苦や胸部圧迫感ですが、病初期には症状がないこともあります。診断は、胸部CT で胸水貯留、胸膜肥厚、腫瘤病変を確認し、胸腔鏡下での生検が必要になります。治療方法は、外科治療、放射線治療、薬物治療(化学療法、がん免疫療法)がありますが、中皮腫の組織型、病期、全身状態等を考慮して選択されます。

7. 縦隔腫瘍

縦隔は、左右の肺の間にある空間で、胸腺、心臓、大血管、食道、気管などの重要な臓器が含まれます。この部分にできる腫瘍を縦隔腫瘍といいます。縦隔腫瘍は、発生する部位によりできやすい腫瘍が異なっており、上縦隔には甲状腺腫、前縦隔には胸腺腫、胸腺がん、奇形腫、胚細胞腫瘍、中縦隔には気管支嚢胞、食道嚢胞、リンパ腫、後縦隔には神経原性腫瘍ができやすいとされています。症状は、無症状のことが多く、胸部写真やCT で発見されることが多いですが、腫瘤が大きくなると周囲臓器への圧迫症状を呈します。治療は、切除が基本で診断も切除後の病理検索で確認されことが多いですが、切除不能の悪性腫瘍に対しては抗がん剤の投与や放射線治療が行われます。

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